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【自己紹介】このブログの理念と実現したいことについて語ります。

はじめに。



こんにちは、けんちゃんです。


この記事では、



・高1でトランペットを始め、約9ヶ月で音域が2オクターブまで伸びた話

・コンクールで致命傷レベルのミスをし、最下位の銅賞を取ったのをきっかけに、アンブシュアを1から直す苦渋の決断をした話

・トランペットが上達した経験がなければ、慶應なんか目指さなかった話

・ビッグバンドの全国大会でソロを任され、全国3位の成績を取るまでの話

・顔も言語も知らない異国の地でのセッションの経験から、音楽の無限の可能性を知った話

・仕事で無気力だった僕を救ってくれたのは、他でもないトランペットだった話

・トランペットを通して、音楽の楽しさを伝える仕事をしたいと思った話




といった話をしていきます。



私は現在トランペットを初めてから10年経ち、11年目に差し掛かってます。


私がどんな演奏するか気になる人もいるかと思うので、演奏してる動画を貼りました。
是非聴いていただけると嬉しいです!

コンボでのTrumpet演奏
2:30~ Flugelhornでのソロ



ここまで自由に、自分が表現したいように吹けるようになるまではほんとーに苦労したし、紆余曲折がありました。


トランペットで、


・トランペットをはじめたけど、うまく吹けなくて壁にぶち当たって悩んでいる人

・部活動や趣味でトランペットを続けたいと思っているけれど、うまく続かない人

・トランペットを長く続けているけれど、マンネリ化して楽しめていない人

・トランペットを少しかじったことがあり、人生で没頭したりのめり込める時間が持てていないな・・・という人

そんな日々の生活の中で壁にぶち当たったり、モヤモヤしている人に、ぜひ読んでみて欲しいです。

このサイトの理念について



私がこのブログで実現したい理念は、


・正しくトランペットを学ぶきっかけ・出会いを作り、目標となる素晴らしい音楽に触れる機会を生み出すこと

・トランペット演奏を通じた人の繋がりが生まれる環境を作り出し、音楽を豊かに楽しめる人を増やすこと



この2つです。


なぜこんな理念なのか?というのはこれから綴るストーリーに任せるとして、トランペットを楽しみ成長できるきっかけがこの2つにありました。


苦労して重要だということを学んできた自分だからこそ、 実現できることがあるんじゃないかと思い、まずブログから立ち上げました。

トランペット歴も10年目に差し掛かった今、なぜこのブログを立ち上げたのかについてストーリーで紹介していきます。



では、どうぞ!

理念が生まれるまでのストーリー

初心者 奮闘時代 がむしゃらに練習を工夫



トランペットと出会ったのは、15歳。
高校1年生の吹奏楽部に入学したのがきっかけです。


中学生はテニス部だったが、成績も地区大会一回戦で負けるという雑魚成績。。。


スポーツにハマることが出来ず、自信も全くなく大人しい地味な人間でした。


スポーツは続ける気持ちになれなかった中、 受験期の現実逃避から太鼓の達人・ドラムマニアという音ゲーにハマる。


安易な自分は「音楽ならいけるかも!」という気持ちになり笑、 高校では音楽関係の部活に入ろうと決めてました。


当時知っていた楽器の中で、先輩の吹いている姿がカッコ良かったトランペットを希望し、音楽生活がはじまりました。



しかし、
部活に入ってみると、初心者は自分だけ。



みんながすぐに曲をふける中、自分だけは「キラキラ星」すらも吹くのを苦労する始末。



上手くいかない苦しい思いをする日々。

テニスの時とは違い「先輩みたいな音が出したい!」という 憧れのエネルギーで、隅っこで一人ひたすら練習を重ねてました。



早く上手くなる為、高校近くの駅にある大きな本屋や楽器屋に通って色んな練習方法を実践しました。



本当に色んな教本に目を通して、出来そうなところをピックアップして練習。

ほとんど吹けないけど、出来ることを増やしていく中で成長が見えてきました。



高校一年のときは先輩たちが自由に練習させてくれたので、 色々な練習方法を試してはがむしゃらにうまくなるために練習した1年目でした。
(一人で黙々と勝手にやってしまう扱いにくい後輩だったに違いありません笑)



ひたすら音の出し方を研究していると、なんとか音は出せるようになるものです。
高校1年の冬頃には、目標としていたHigh Cまで(音域でいうと2オクターブ)なんとか出せるようになりました。



1stパートも手をあげられるようになったので、やっと普通に合奏に参加できる!と一つの自信に繋がりました。



この時期は自分なりに精一杯練習方法を模索しまくってました。


ですが今振り返ると、当時の自分のようにがむしゃらに基礎練習するだけでは、飛躍的な成長は望めないと確信をもって言えます。




基本的な練習を行うことはとても大事です。



が、どういう目的でやるのかが見えていない中での基礎練は、 アンブシュア(口の形)などを誤った形で記憶することなどにも繋がるので 初心者の時は、結構注意が必要です。


そして、音楽は音を「楽」しむもの。
なら、基礎練だって楽しんでやっていいはずです。

当時やっていたよく言われる普通の「練習」は、ただの我慢ゲームで苦行にしか感じなかったです。



大切な成長の手段である練習をただの「苦行」にしないためにも、 色んな手法を試しながら、効率的に、そして楽しく音を磨く手段にしていくのがなによりも大切だと思います。



試行錯誤のプロセスの中に練習の楽しさが眠ってます。

練習で色々とやってみることは、とても大事です。


とまあ、上手く成長できたな!と自信がついてきたこの時期ですが、 高校2年生の時、自分の力だけではどうにもならない「大きな壁」にぶち当たります。

無理をした演奏で「アンブシュア」を壊す



私の高校では面白い制度(?)がありました。


コーチが教えている他校の男子学生も集め、「野郎ブラス」という企画バンドがありました。


その当時ものすごく視野が狭かったので、自分が目指していたHigh Cまで出せるようになったことで自信過剰になってました。



同期でも音域がそこまで出せなかった人が殆どだったので、天狗になってました。(ダサすぎる。。。)



冬に野郎ブラスで演奏会が企画され、練習の為1泊2日の合宿に。

そこで、同世代の他校のプレイヤーと交流が開始しました。



今でも鮮明に覚えています。


隣に座ったのが、1つ上のイケメン。

音も美しく、音域も広い。
フレーズの吹き方もプロ並みに上手い先輩でした。



「何一つ勝てない。。。!」



競争心丸出しのプライド高いだけの男だったので 自分が全く勝てない存在に出会い、積み上げてきた小さな自信簡単にブチ壊れました。



先輩の方は美しい音で、ゆったりと自由に演奏している姿。
なによりバンド全員から一目置かれている姿。

それに比べて音は出ても上手く使いこなしきれてないし、 中途半まで目立たず、カッコよくない自分の演奏。



その先輩がいたので1stは務まらないし、3rdをやらざるをえない自分。 無力感でものすごく悔しかった。


夜、合宿所のホールで怒りと悲しさを感じながら練習していた記憶があります。




「俺も、もっともっと上手くなりたい!!なにより、負けたくない!」



別にその先輩になにか言われたとかではないけど、 勝手にライバル心を持って、もっと上手くなるためにさらに研究と練習を積み重ねました。


この先輩に出会ったことで小さなプライドが壊され、 さらに成長するために頑張れたので、本当に出会えて良かったです。



練習の日々だったわけですが、この頃から音は出るが長く演奏出来ない症状が出てくるように。



当時の自分は、どうしてすぐにバテてしまうのか?どうすれば改善するのか?がいまいちわかりませんでした。



トランペットという楽器はスタミナが続かないのが当たり前だよ、と言われてたのもあり、違和感はあっても「まあ、そういうもんかな」とあまり気にしてませんでした。


根性と練習量が足りないだけだろ!と、安易に考えてました。



ですが、これが結構重大な問題でした。

奏法を見直さないと大変なことになると気づいたのが、 高校最後の夏のコンクール時期でした。


自称進学校の学校に通っていた為、部活は2年まで。


最後のコンクールで1stを担当させてもらったこともあり、 朝弱いのに朝5時に起きて音楽室で基礎練するなど、一生懸命練習する日々。


この時、吹き方が正しくない状態で無理に練習を続けた為、吹きたい時に不調が続くようになりました。


波が激しく、良い時は良いんですが吹けない時は全く音が出なくなったりする時も。

なにより、コンディションをコントロールできず、 吹けない時は全く吹けなくなる状態にものすごく苦しみました。




一番苦い思い出として残っているのは、 コンクール県大会の時の演奏です。



「民衆を導く自由の女神」という楽曲をやったんですが、 テーマに入る前に「E」の音をpの音量で伸ばして入るんですが、そこで盛大に音が出せないトラブルに陥りました。



当時の心境はめちゃくちゃ覚えています。。。



精一杯練習したけれど、調子悪い状態で迎えたコンクール本番。


本番の途中でコントロール効かなくなったどうしよう。。。
バテて音が出なくなったらどうしよう。。。
1stで目立つとこもあるんだ。。。頑張らねば。。。
最後のコンクールなんだ。。。


不安に押し潰されそうな中、ついに本番の時。


静かで空気が張り詰めた会場に、ゆっくりと進んでいく自分。
舞台に立つと、ホールの広さを強く感じ、眩しい照明がチカチカと照らしてくる。


笑顔で緊張を解そうとしてくれる顧問の先生の顔。



絶対に後悔ない演奏にする!



不安とは裏腹に、はじまる音楽。
仲間の演奏は順調に進んでいく中、もうすぐ自分の入りの音に。



真ん中のEの音から始まるフレーズ。



絶対外さない!と力強く息を吸い、いざ、Eの音を吹こうとした。
その時!



カスリともせず、嫌なミストーンを響かせて、
曲の大事なコラールに。


そこからは頭は真っ白。
曲のクライマックスも満足に吹けず。
ひたすらに心が苦しい状態のまま、ただただ時が流れ、最後のコンクールが終わりました。


今思い出しても、苦々しい思い出です。。



県大会は最下位という結果に。
悔しかったのに、涙も出ませんでした。




「演奏ってこんな辛いものだっけ?」
「なんで俺、トランペットやっているの?」
「せっかく頑張ってきたのに、全て無駄だったの?」



成果も出せず、楽しくない演奏で高校最後のコンクールを終える自分。


その時は、「トランペット辞めたい」と思うくらい凹んだのを覚えています。



努力してきた分、ダメージがめちゃくちゃ大きかった。

何よりせっかく1stという機会を与えてくれた仲間たちへの申し訳なさが凄かった。



この時のことは、大きな挫折体験として今でも覚えています。

ですが、そこから気持ちを新たにして再スタートしていくきっかけが生まれました。



まさに「ピンチはチャンス」みたいな出来事でした。

1からのやり直し。プロに習い、再スタート。



コンクールも終わり、部活としては次の「文化祭」に向けて 選曲し、練習がはじまりました。


コンクールは不完全燃焼。


文化祭でこそ、自分が納得する演奏をしたい!と思ってました。

ですが、 奏法は変わっていないので、吹きすぎるとすぐに吹けなくなります。



その場その場でただ吹いている感がして、 練習しても前進感が感じられない状況が続きました。



今まで毎日吹くくらいトランペットは大好きだったのですが、 その頃は成長感が感じられなくなり、徐々に気持ちが離れつつありました。



そんな時、野郎ブラスをきっかけにプロのトランペットコーチと出会いました。



トランペットから気持ちが離れつつあったとはいえ、どこかで変化できるきっかけを探していた自分。



わらにもすがる思いで、レッスンをお願いすることにしました。



そこで初めて、自分の奏法は「粘膜奏法」というもので、間違った奏法になっていると知ることになります。

(粘膜奏法でプロの演奏活動をしているプレイヤーもいるので、全てが完全に誤っている吹き方ではありません。ですが、当時の私の吹き方は粘膜奏法でも悪い方のもので、無理をしたものでした)



唇の内側の薄い部分を押し付けて吹いており、音域は出ても薄くトランペットらしい音ではありませんでした。




無理してる状態なので、憧れの先輩達の音のようなトランペット本来の豊かな音を出すには、吹き方(アンブシュア)を根本からやり直す必要がありました。



奏法に違和感を感じてはいましたが、一からやり直す必要があるという現実にはものすごく衝撃を受けました。


自分がちゃんと努力を積み重ねてきたと思っていたものが、全て水の泡になった気がして大変ショックを受けたのを覚えています。



ですが、それこそが成長の重大な要素でした。





ショックを受けましたが、成長を感じない今の状態を脱して一から積み上げていければ、憧れの音が出せるようになる!ということに惹かれ、1から吹き方を整える為にコーチにレッスンを受けることを決めました。




吹き方を1から切り替える際、出せる音域はめちゃくちゃ狭まりました。


チューニングB♭までで、1オクターブ吹けるくらいの状態になり、今まで老けていた楽曲は殆ど演奏できなくなりました。




高校2年の最後の文化祭もそれきっかけで3rdばかりに。



「今までなら、吹けていたのになあ。。。」とやりきれない思いになることが多々あり、最後の文化祭も悔しい思いを沢山しました。



当時は副部長でもあった中、全く演奏できない自分に対して周りはどう思っているんだろう?と周囲の目をすごく気にしていました。


現実は想像の自分と大きく差があったので、 「俺はもっと吹けるはずなのに。。。」と強く自己否定してました。




悔しかったのは、後輩に1stを吹きたいのにお願いせざるを得ない時。

俺、吹けないから申し訳ないんだけれど、1st吹いてもらえないかな?」と言っている自分が、すごく情けなく感じてました。



奏法を変えるという決断は、本当に勇気のいることでした。




そのせいで悔しい思いも沢山しました。




ですが、結果的にその決断がのちのちの成功に、そして今でも楽器を楽しく続けることができる現状に繋がりました。




選択肢としては部活動は2年までと割り切って、粘膜奏法を続けて文化祭も好きに演奏することは可能でした。


でも、それでは成長できず、不完全燃焼が残る。



だったら、憧れの音が出せ、もっとトランペットが楽しく吹けるようになりたい!という純粋な思いから、コーチの元でそういった悔しさも飲み込みながら新しい吹き方で一から練習をしていきました。


諦めなかったのは、正しくなかったとしてもがむしゃらに試行錯誤してきた今までの練習経験が活きたんだと思ってます。

この時、今までの吹き方で楽な方に流されていたら、


トランペットの本当の演奏の楽しみも、
かけがえのない経験も、
積み上げることができた自信もありません。



大きな回り道でしたが、自分を変える大きなきっかけでした。




自分はダサいプライドのせいで、人を頼れず回り道をすることにに。


一人で試行錯誤することも大事ですが、他人の目がないと間違っていても改善できない状態が続くこともあります。



人から指摘されることで初めて、変化しようとおもうきっかけにもなります。

独学だけではなく、他人の力を借りることはとても大事です。



自分はコーチに出会ったことがきっかけになり、演奏体験が変わりました。



絶望した状態だったからこそ変化して上手くなりたいと本気で思い、悔しさを感じながらもプロの助言を素直に聞いて練習に取り組みました。



そのおかげで、今手にしているかけがえのない経験と人との出会いを得ることができました。




独学で押し切っていたら、絶対に不完全燃焼で引退し、 今はトランペットをやめてしまっているでしょう。

独学だけではなく、上手い人に教わり正しく基礎を積み上げることが大事です。


ほんとーに、大事です!



他人をもっと頼りましょう。



ただ、自分がそうだったように適切なコーチとの出会いがある人は、意外と少ないと思ってます。




私も偶然の連続でたまたま縁があったことがきっかけでした。



求めていても、気軽に頼り成長につながるフィードバックを得られる環境は得にくい状態です。



私自身が変わるきっかけになったように、人との出会いは物凄く大事です。



そういう出会いを増やすきっかけを、今後つくっていきたいと考えてます。

受験期にトランペットの試行錯誤の方法論が活きる


ちょっと脇道それますが、大学受験の話も少ししようかなと思います。


高校3年生になり、周囲は大学受験ムード一色に。


偏差値も県の中で中堅くらいの自称進学校で、クラスも友達はほとんどは大学進学に向けて予備校に通ったりと、勉強まっしぐら。


私はトランペットの教本探しをきっかけに本屋に通うのが趣味になってました。



自己啓発書など多くの人がよく読んでいる本を入り口にして、様々な文芸書などに目を通すようになっていました。


当時、本の影響から「リベラルアーツ」教育が素晴らしいと知り、「教養学部」関連の大学に進学をしたいと考えてました。



哲学や歴史、社会学などの人文社会学系の勉強をすれば、自分の物事の捉え方とか考え方をアップデートして、最強になれるんじゃないか?と。


専門的に学びたいことやなりたい職業とかなかったので、ある種余白を残した進路を考えて、勉強しまくってました。


当時は300人いる学年で150~200位を推移していた成績の自分。


教養学部がある大学は、結構偏差値が高く難易度が高いとこばっかりだったので、そのままでは箸にも棒にもかからない状態。



そこから、トランペットで学んだ練習法の研究を生かして、 本屋に通って「勉強方法」の研究をしました。



受験業界はある程度成熟しているので、一定期間研究したらある程度の戦略が立てられるようになりました。


あとはひたすら勉強!教養学部のテッペンを目指すことにしたので、受験科目が英語・国語・数学・社会2つ(世界史・地理)と膨大でした。



現役は撃沈。(当たり前)



最初っから浪人で勝負をかけるつもりでもいたので、 親に土下座して、地元の図書館に通って自宅浪人を1年間やりました。



孤独の戦いで、勉強自体は楽しかったですがストレスで卒業時から20kg増えました笑


社会2つはどっちも高校で自分は取っていなかったので、参考書を買って独学。



世にある参考書は優秀なので、戦略通りに地道にひたすら勉強したおかげで英語・国語・社会はセンター9割、2次試験もそれなりに取れる所までいけました。



現役同様の国公立を第一志望として目指してましたが、浪人期の頑張りも虚しく撃沈。



ですが、人文社会学系の勉強ができる慶應義塾大学文学部になんとか合格。


ここの大学の文学部は、2年次から17専攻から専門を選ぶという形式です。



受験の中で興味がより湧いてきた人文社会学系の学問が幅広くできる環境を得られ、無事に楽しい大学生活に突入することになります。


受験期について書いた理由は、トランペットで学んだことが勉強にも活きたという話です。



受験業界は成熟しているので、様々な参考書があります。

プロが書いている、分かりやすくて理解が深まる本が沢山あるんです。


高校の授業だけで分からなくても、いろんな視点で語ってくれる人の話を読んだりすることで理解が深まります。


本屋やインターネットを調べれば、様々な人の語り口によって、課題を突破することができる可能性が沢山あるんです。


当時全く勉強できなかったのに私立の中でも難関と言われる慶應義塾に入れたのは、素直に理解できるまでプロの話(参考書)を色々試して、理解できるまで試行錯誤してきた結果だと思っています。


それはトランペットにも言えることです。


根本としてこうしたい!という思いと、いろんなプロからのアドバイスを聴いて素直に実践していけば、向上して必ず結果に繋がります。


「素直さ」「ひたむきさ」「諦めない心」だけあれば、なんとかなります。



第一志望には行けなかったのは正直悔しかったですが、試行錯誤したこの経験は自分の糧になってくれました。

高校時代に学んだこと



高校時代は、もがき苦しみながらも今につながる大切なことを沢山学びました。





・初心者の時は、基礎的な吹き方を気軽に教えてもらう環境が大切

・音楽をやる上で、憧れのエネルギーをうまく生かせると上達が早くなる


・練習は知識をつけることで、苦痛ではなく楽しく成長できるきっかけになる






ひたむきに「理想の音を出したい!自由に吹きたい!」という目的に向かって行動したことで、 諦めず頑張り、トランペットを楽しく吹ける段階まで来ることができました。

がむしゃらに間違った方向に努力してしまった自分。



無駄だったかも知れませんが、そんな自分だからこそ 基礎を学ぶ重要性と練習方法の大切さを知り、語れることがあると思っています。




憧れの音に出会い、正しく基礎を学ぶ機会さえあれば、 誰でもトランペットは生涯楽しめる、素晴らしいライフワークにできます。



逆にそういう出会いやきっかけが得にくいからこそ、 続ける理由を失ってやめてしまうことが多いのも事実です。


自分の同期や先輩も、楽器を今まで続けているのは数えるほどです。


パタリとやめてしまうのは、向上したい!と思わせる出会いや演奏するきっかけがないことが要因としては多いんじゃないかなと思ってます。




もし、自分もコーチとの出会いなどの巡り合わせがなかったら。



確実に高校で楽器を辞めてしまって、やりがいを失い大学での素晴らしい出会いと経験を失ってしまっていました。




高校3年間(ほとんどの人は中学から続けるので合わせると6年間)という、人生の中でも多くの時間をかけて取り組んだ楽器が継続できないのは、もったいないです。



そういう人が減り、楽しんでトランペットや音楽を続ける人が増えること。



楽しく演奏が続けるきっかけがあるの方が、楽しい社会になると思っています。

高校時代は苦労したことで、「学び方」と地道に基礎を積み上げる大切さを学べました。



それが、大学時代の音楽体験に繋がることになります。

大学時代 ビックバンド ジャズとの出会い



孤独で勉強に打ち込み続けた、浪人生活を終えて晴れて大学生に。



サークルでもトランペットは続けたいなあと考えていたので、様々な音楽形サークルに顔出してみました。




・体育会系の音楽サークル(部活?)

・200人近い大規模な吹奏楽サークル

・大学界でも結構有名らしいオーケストラサークル




などなど。。。



色々顔を出してみましたが、(当時の自分の感性では)先輩の出している音にあまり憧れることができませんでした(大変失礼)。


どうしようかなぁと決めきれずにいる中、学生会館の2階でやっていた新歓演奏にたまたま入った時、運命的な出会いが。


「慶應ライトミュージックソサエティ」というビックバンドサークルの演奏でした。


ビックバンドとは、サックス5人、トロンボーン4人、トランペット4~5人、そしてリズムセクション(ドラム、ピアノ、ベース)で主に構成されているバンドです。


今でもその時の光景は鮮明に覚えています。



突き刺さるHigh G( Lupin 80’のテーマ最後のhighGだった記憶)
煌びやかで今まで聴いたことがなかった音色
-吹奏楽レベルで感じていたフレーズの滑らかさとは段違いのアドリブソロ


あっという間に心を掴まれました。
カッコよすぎて鳥肌が立ったのを覚えてます。


「コレだ!」


と思い、すぐに体験演奏に参加。
サークルに入部しました。



ビックバンドとしては歴史ある強豪サークルだったこともあり、先輩たちがものすごく上手かった。


出している音・吹き方全てが未知の世界でキラキラとしていて、感動の連続でした。


こんな感じの演奏です。(自分はいません)

有名なルパン三世のテーマ。かっこいい。。。
こっちは、現代的なビックバンドの演奏。 今でも時々聴き直す、超かっこいい演奏です。




・吹奏楽では出てこない、ハイノートといわれる高音域を使った力強くかっこいい演奏

・ソロパートなんていったら8小節とか最大32小節くらいだったものが、アドリブでしかも曲の大部分を占めているという自由で力量を測られる音楽構成


・複雑で聞き応えのある、クラシックにも近い美しい音世界を表現している楽曲の数々


このサークル入部をきっかけに、 練習欲と音の研究欲が爆発的に高まりました。


その当時はサークルのOBが頻繁に大学に練習にきてました。




勇気出して話しかけて練習方法・内容を教えてもらったり、身近で素晴らしい音を聴かせてもらうことができました。




今まで知らなかった素晴らしいトランペット奏者との出会いや奏法と音色。



高校で、他人を頼って学ぶという教訓が生きたおかげで、ぐんぐん成長を実感できるようになりました。



何人も上手い人がいたので、それぞれの練習方法や音の出し方を簡単に聴ける環境で、成長する上でとても恵まれた環境でした。



その当時の先輩たちはプロにもなっている人もいて、いまだに憧れの方ばかりです。


人の出会いが音楽体験を変えてくれる。 それをより実感したのも、この大学時代がきっかけです。

ビックバンドをきっかけに、演奏体験が大きく変わる



ビックバンドとの出会いは、自分の音楽体験が大きく変わりました。


この時期から自分にとって新しい挑戦になる演奏経験が重なりました。




・The Pretty Roadという曲での指揮者兼ソロ

・アメリカ/メキシコの短期留学中の路上演奏や出し物演奏




は自分の音楽体験を変えたきっかけとして、記憶に残っています。


大学2年の時は、野郎ブラスのOBバンドに参加し、The Pretty RoadというMaria Schneider Orchestraの楽曲を指揮者兼ソロという中々できない経験をさせてもらいました。


この曲はトランペットをフィーチャーしていて、大半(3分半~4分)がFlugelhornのソロで構成されている高難度の曲でした。




自分のソロで曲が決まってしまうので、必死に練習。



原曲は技術的に真似できなかった為、Vertical Voice版という声楽でのソロを参考にして、何回も繰り返し聴く日々。

そんな練習を重ね、いざ本番の日。



本番はどうだったかというと、なんと今まで練習してきたフレーズが 最初の入り以降、頭から吹っ飛んでしまいました笑


めちゃくちゃ焦ったのですが、何回も聴いたコードラインの音に合わせてスケールから音を引っ張ってきてがむしゃらに吹く想定外のアドリブソロに。。。


無我夢中で吹き、終わった後は「終わった・・・」と意気消沈。


ですが録音聴き直したら、ボロボロではあったものの独自の音楽表現というか、熱がこもった良い演奏になってました。



この演奏はすごく自分のアドリブソロをとる自信になっていて、 自分の音世界を表現する、ということの楽しさを知るきっかけに。



なにより、


演奏で「間違ってもいい」と思えたこと。
音楽は、「音に思いを込めていくこと」であると実感できたこと。



この2つに気づかさせてくれた経験になりました。




アメリカ/メキシコの短期留学中の路上演奏や出し物での演奏もすごく記憶に残っています。



私は大学2年の時に約2ヶ月間アメリカのロサンゼルスに短期留学に。



現地では英語と会計などの課題がある勉強中心のプログラムだったのですが、 休日はキリスト教の教会コミュニティの人たちとの交流がありました。




その時初めて知ったのですが、 教会は聖書を読むだけではなくて、ミサの途中に音楽を演奏したり 結構自由度高い、人の交流の場になっているんです。


堅苦しいものではなく、フランクに現地の日本人コミュニティの方達と交流を楽しんでました。


その方々向けに、プログラムの生徒で料理を振る舞うイベントが何回かありました。



その時に出し物的に、カラオケ音源を背景に一人でジャズのスタンダード曲を演奏する機会を数回もらいました。

一人で、かつ外国の方向けに「ジャズ」を演奏。



めちゃくちゃ練習したし、結構緊張しました。


かつ、譜面見ながらやったのでジャズなのか?という感じで、今思えば結構ぐだぐだな演奏だったなと、恥ずかしく思います。。。


ですが、その演奏の後に凄く暖かく拍手してくれたんですね。


しょぼかったな。。。と自分が思っていた演奏に対して、 笑顔で「ブラボー!」と愛を持った歓声を投げかけてくれました。


お世辞だったかも知れないですが、 これは自分にとって凄く自信に繋がった体験でした。



ちょっとした演奏機会で、自分の音楽を海外の方に受け入れてもらった。




「あ、俺の音楽は人の心を動かすことができるんだな」




と、もっといい演奏をしたい!と思うきっかけになった体験でしたね。



この後も、


ハリウッドの路上で片腕ないホームレスの人と一緒にトランペットとドラムで即興演奏したり、

メキシコのソカロ(大きな広場)でデモ隊と一緒に歌いながらトランペット吹いたり。。。





音楽は言葉の壁を取っ払って、人を繋げてくれる、 偉大なものだなとしみじみと実感する体験に。



ちょっとしたことでも「音を奏でられる」という経験は、 生きる上でとても記憶に残るかけがえのない体験です。

メキシコでデモ隊と一緒に吹いたCielito Lindo



そういった経験を積み重ねた後、 大学3年時には東工大ロスガラチェロスというビックバンドのレギュラーバンドに呼んでもらい、1年間演奏活動をしました。


大学2年の音楽経験をもとに、少し自信を持っていた自分が 新しいラテン音楽というジャンルで、 「自分の音を表現する」ことに向き合った1年間。


単位としては殆ど取り切っていたので、 慶應には殆ど行かずに東工大に通ってひたすら練習してました笑

この時期は自分の大学があった三田よりも、東工大のある大岡山に通った回数の方が多かったです。



自分にとって大きな経験になったのは、 このバンドで挑んだ「山野ビックバンドジャズコンテスト」という ビックバンドの全国大会での演奏。



2,000人収容の巨大なホールで、コンテストの順位に大きく影響を与える「ソリスト」という役目。




高校2年時の悔しいコンクール体験が蘇ってきました。




ですが、吹奏楽の時とは違う気持ちで「自分の音を出せば良い」と学んだので、 自分が納得のいく音を表現しようという思いでひたすら練習。




ソロは、入りと途中までは決めて、後半はアドリブにしました。 その方が自分らしい音を出せると思ったからです。




結果。 。。


初めて納得のいく演奏ができた!




順位としても、優秀賞を受賞して自分たちの演奏がCDとして発売されるという中々得ることのできない体験をすることができました。




高校時代は、「自分の音を表現する」ということをあまり経験せず、「譜面通りに吹く」ことばかり考えてたんだなと、この時実感しました。


「音源通りに」吹くことも、確かに大事です。


けど、それだけじゃない音楽表現は世の中にいっぱいあって、 自分らしい音楽というのは、簡単に作り出せます。


「音楽」をするためにはある程度基礎も必要ですが、 楽しく音を奏でられれば初心者であっても楽しく演奏することは可能です。



「音楽している!」という体験ほど、心が躍ることは中々ありません。




音楽を通じて人とつながっている感覚も、 本当に味わい深い体験になります。



色んな経験を通じて、気軽に音楽を奏でていくこと。




自分の音を出そうと努力して、演奏経験を積み重ねること。



これほど素晴らしい体験は中々ないよなー、と考えてます。




音楽体験を通じて、「やりがい」や「人との繋がり」、そして「成長感」を得ることができます。


演奏がモチベーションとなって、良いサイクルが生まれていきます。 それは、ジャズだけではなくて金管アンサンブルや吹奏楽もそうです。



もっと気軽に自分の音に向き合う機会があり、成長したい!と感じられる環境が欲しいなと感じるようになりました。

忙しく、上手く時間がとれない社会人時代



最後は、現在のこと。
まさにちょうど3年目に入った社会人時代です。


大学の縁がきっかけで、恵まれたことに社会人になった後もBigBandでの演奏機会を得ることが出来ました。

池袋のジャズフェスや、横浜のジャズプロムナードへの参加、 年末の年越し時には、六本木のバーでコンボ形式で年越しライブする機会ももらい、楽しい音楽体験を続けられています。



しかし、徐々に悩みも生まれてきました。



大学時代と違うのは、練習時間と環境が限られているということ。



土日の時間に効率的に練習することや、基礎力を維持するために普段からメンテナンスすることが大切になってきました。

特に1年目は社会人としての仕事に慣れるもの苦労したので、トランペットと触れ合う時間が極端に少なくなりました。


意外だったのは、毎日吹かなくても身体がある程度覚えていて、うまくメンテナンスができればコンデションの維持はできるということ。

確かに技術力は学生の時よりは落ちてしまいますが、培ってきた素地があるので楽しく演奏することはできます。


ですが、過去の遺産で演奏しているだけなので、2年目の夏頃から「成長感」を感じられずモヤモヤとするようになりました。




練習の効率化や、レッスンを受けて向上することも考えたのですが、仕事が忙しくなりそこに労力とエネルギーを割くことがうまく出来ず断念してしまいました。




きっと、上手く時間の管理と練習の効率化が出来れば、忙しい中でも成長はできるはずなのですがそれを整えることが出来ておらず悶々とする日々。



やる気はありつつも、成長を実感できない状態はすごくストレスを感じることになりました。



トランペットは趣味で気分転換になるのに、自分の成長欲から徐々に足かせに若干感じるようにもなってきました。

そんな中、あるきっかけがもとになり、トランペットを新しく捉えなおし、このブログ含めて挑戦したい!という気持ちになりました。


仕事での挫折。それをきっかけに本来やりたかったことに気づく



あるきっかけとは、仕事での挫折。


今勤めている仕事で、積み上げてきたストレスから一定期間の休職に入ることになったことです。



社会人3年目にも入ったのですが、正直自分がビジネスという世界でどういう貢献をしていきたいのか?



今の仕事の延長線上に、自分はどういう風に強みを活かして生き生きと働いているのか?

そういった展望が見え辛くなる一方でコロナ禍で業務が忙しくなり、在宅勤務ということもあってストレス負荷から、動悸が止まらず睡眠も浅くなり、仕事に集中できなくなってしまいました。



これはまずい!と思い、上司に相談し、一定期間休むことを志願。


このまま無理を続けると、絶対に自分が壊れてしまうと思ったからです。




その前後は本当に苦しかった。
今も正直、まだ苦しい気持ちがあります。




忙しいことには変わりない中、自分が抱えていた仕事を後輩や先輩に引き継ぐことに。

うまく引継ぎきれていないこともあり、ものすごくストレスでした。


迷惑ばかりかけているな、、、俺は、会社で価値出せずに終わるのか、、、と大変悔しい気持ちでいっぱいになりました。



ワクワクやりたいこと、なんかも考えられないくらいに心にモヤがかかったような状態だったので、休むだけではなく仕事も辞めることになるかな、と思っていました。

自分が今後どうしていきたいか?なんて見えてこないし、コロナ禍で世界は混乱している中で、不安でいっぱいでしかなかったです。

本当にまいった状態だったのですが、それを救ってくれたのが「トランペット」だったのです。

トランペットを吹いている時だけは、心が自由になり前向きになることができました。



トランペットの記事を書いたり、音楽を聴いている時は、心のモヤがかかって前向きになれていない状態から解放されました。



それだけではなく、信頼している友達と話している中で「トランペット」を軸にやりたいことを語っていると、ワクワクした気持ちと前向きさを取り戻すことが出来たのです。




自分が今まで積み上げてきたことで、人に貢献して価値を出せることがあるかもしれない。


強みを活かして、自分らしく生きる手段がここにあるかもしれない。


そこに気づいてからは、仕事を辞めるということも選択肢にはあったのですが、


「考え方を変えていったん休んだ後、また新しく挑戦してみよう。」


と前向きな気持ちを取り戻すことができました。



塞ぎ込んでいて狭まっていた視野も、トランペットを軸にした新しいサービスの実現や価値を作り出すことを考えることで、広がっていく実感を持つことができました。


文字通り、「トランペットに救われ」ました。

改めてこのブログの理念について



ここまで理念を形作るきっかけになった、過去のストーリーについて書いてきました。



私がこのブログで実現したい理念は、



・正しくトランペットを学ぶきっかけ・出会いを作り、目標となる素晴らしい音楽に触れる機会を生み出すこと

・トランペット演奏を通じた人の繋がりが生まれる環境を作り出し、音楽を豊かに楽しめる人を増やすこと




この2つです。




私が過去のストーリーで語ってきたように、 トランペットを楽しみ成長できるきっかけがこの2つにありました。



そして、それを社会人になった今でも手に入れたい。


苦労して重要だということを学んできた自分だからこそ、 実現できることがあるんじゃないかと思い、まずブログから立ち上げました。



この世の中には、素晴らしい演奏家がいーっぱいいます。



出会いがあることで、もっと成長したい!音楽を楽しみたい!という人が増えるきっかけがあるはずなのに、 中々そういう環境は少なかったりします。


これだけ容易に繋がりやすくなった現代でも、そういうサービスや機会は求めにくく 潜在的に求めている人に価値が届いていないと思っています。

プラットフォームとして、トランペットを楽しむ人の輪ができて、 みんなで演奏会を企画したり、教わることで切磋琢磨しあえるコミュニティ。

そういう世界があったら、面白くないですか? なにより、私がそういう機会・環境が欲しいなと思っています。

入り口としては、このブログで自分の知っている知識をまとめることからはじめています。


昔からもっと効率よく楽しい練習方法がないかと考えてきたので、 多くの人が楽しく成長できる練習曲の作成・紹介、 将来的にはプロの演奏家を巻き込んで学びたい人と教えたい人をつなぐプラットフォームの柱になることを目指してます。

今後はyoutubeやtwitterなどでも発信していきます。

こういう情報が欲しい! 悩みを聞いて欲しい!

そういうものがあったら、なんでもブログの問合せフォームか、SNSを通じてご連絡ください。
自分の力を総動員して、力になれるコンテンツの作成に勤めていきます!

トランペットを楽しみ、人生を豊かに生きる人が増える
そんな世界に貢献できたら、嬉しいこと限りないと思ってます。 これから楽しみにしていてください。


これからどうぞよろしくお願いします!

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