もくじ
「トランペットが上手になるか否かというのは、ウォーミングアップ次第なのね。すべて。」
これは、この記事にある練習法を作られた長倉穣司(ながくらじょうじ)さんの言葉です。
…長倉穣司さんは現在68歳。定年を迎えるまで東京フィルハーモニー交響楽団で長年トランペット奏者を勤め、今も現役でプロのトランペッターとして演奏や指導をされている方です。
中学の頃からトランペットを始められたとのことなので、もうトランペット歴は50年以上(!!!)。大先輩も大先輩です。
そんな長倉さんにトラ道のけんちゃんが直接伺い、トランペットのウォーミングアップや練習法について、みっっっちり聞いてきました!!
その内容を全て、余すことなくこの記事でお伝えします。
さて、そんな長倉さんが「ウォーミングアップ(のやり方次第)で、その人が上手になるかどうかが決まってしまう。良くも悪くも。」と言っているのです。
こーれは大変なことです。
ウォーミングアップって、地味だし、面白くもないし、早く曲練習したいし、結構適当にやってません?????
具体的には、ブレス練習とか、バズィングとか、ロングトーン、リップスラーとかですね。
先輩や先生から楽譜渡されたから。みんなやってるから。なんでやるか?とか考えずに無心でロングトーン。タンギング。リップスラー。みたいな。
そんなウォーミングアップをしていると、長倉さんいわく、
どんどん効率の悪い吹き方になっていって、
変ないらない力がたくさん入って、
不自然な吹き方なのにそれが普通になっていって、
なんてトランペットは難しい楽器なんだ…となって、
曲も思い通り吹けず、
目に見えた上達どころかどんどん下手になっていく感覚になり、
練習時間も無駄になるし、
メンタルもボロボロになるし、
しまいには、悪い癖が積み重なったある日、プスとも楽器から音が出なくなる…
という地獄をみた知り合いやレッスン生を何人も知っているそうです。
(もし詳しく知りたい方は、目次の”体験記「ラッパ吹けない病」”から見てみると、より恐ろしさを味わえます。ドMの方はぜひ。)
それほど、ウォーミングアップの質によってトランペット人生すらも左右してしまう。ということなんだそうです。
しかし逆に、ウォーミングアップの正しいやり方さえ知ってしまえば、トランペットの大抵の悩みというのは解決してしまうんだそう。
これめっちゃ希望じゃないですか。
ハイトーンが楽に出ないのも、
すぐバテてしまうのも、
アンブシュアが安定しないのも、
綺麗な音でffが出せないのも、
基本中の基本の吹き方をウォーミングアップを通して身につけてしまえば、一挙解決してしまうということ。
つまり、ただただハイトーンなどの表面上の問題をもぐらたたきのように解決しようとして、一見解決したように見えてもまた次のもぐらが延々と出てくるだけ。
しかし、ウォーミングアップという根っこさえ押さえてしまえば、もぐらたたきの電源を落としたのも同然、もう一生もぐらに出会うことはなくなる。ということです。
さて、では実際にどんなウォーミングアップをやればいいのか?という内容に入っていきますよ。
読み始める前に、1つだけ守っていただきたいことがあります。
「必ず飛ばさずに、書いてある全て文章に目を通してくださいね。」
トランペット・ゼロスタートTOP
トランペットの吹き方
トランペットのイメージとはどのようなものでしょうか。「きらびやかな音」「迫力のある大きな音」「透き通ったハイトーン」「オーケストラの花形」…
それぞれの人にいろんな印象があると思います。そのようなあこががれの音に到達するためには、どのような努力をすればよいのでしょうか。世界の超一流プレーヤーはどのようにして、その領域にいたったのでしょうか。
何時間も大きな音や高い音を吹いてもへこたれない筋肉質の唇、強靭な腹筋から生まれるスピードの早い息、大きな肺活量、そしてそれを実現させるための毎日の過酷な練習。。果てには、「外人のように大きな体格がないと無理なんだ。」「私は力がないし息もあまり吸えないから無理なんだ。」などの話まで飛び出します。本当にそうなのでしょうか…
このメソッドは私がレッスンの時に話したことをまとめたもので、目標に達するためのベーシックな方法が書いてあります。しかし、その方法を行う前にまず、トランペットに対する考え方を再度考察してみる必要があります。
音楽は、とても綺麗なp(ピアノ)で演奏される部分や、感動的なロートーンで演奏されるフレーズなどがあって、その後に続くff(フォルテッモ)や劇的なハイトーンが生きてきます。ffやハイトーンはその音楽の一部分です。
オーケストラなどの合奏体では、迫力のある重低音やきれいな中音域に支えられているからこそ、高音域のトランペットの音がきらびやかに聞こえます。そして、これらの音楽表現は、非常に繊細な技術によって支えられているのです。
まずは考え方をリセットしましょう。トランペット奏者の拠り所は、大きな音でもハイトーンでも無く、音色です。演奏するために必要なものは、力ではなく技です。
このメソッドがきっかけとなり、トランペットに対する考え方や技術がより良い方向へ向かい、トランペット演奏がとても楽しくなることを切に願っています。
なお、ここに記した譜面は私のレッスンの基礎となるものです。実際の個人レッスンでは、生徒の状態に合わせ、ここには載せていない譜面や市販されている他の練習曲集(アーバン・クラークなど)を併用する場合もあります。
もし他の指導者の方が生徒さんのレッスンでこのメソッドを使用したい場合、特に費用や許可などは要りませんが、できればこちらのお問い合わせフォームよりご一報ください。
編集者より
世の中にはトランペットの奏法に関する本はたくさん出ていますが、それさえ読めばトランペットが吹けるようになると思う人はいないと思います。
難しい数学や法律学なども、優秀で熱心な指導者の助けがあれば別ですが、教科書から独学で学ぶのは難しい。心身の感覚が主要なテーマとなる事柄を、書物から学ぶのは不可能だと思います。
また、トランペットの一つ一つの技術の上達には毎日の練習の中から半年、1年というサイクルで習得して行くものがほとんどです。優秀な指導者に定期的に確認してもらうことを勧めます。一たび間違った方向で練習して、気が付かないまま長期間続けると、修正するのは大変な作業となってしまうからです。
この冊子は、長倉穣司先生がいろいろな人にレッスンで話した言葉をまとめたものです。すでにレッスンを受けた人には意味があると思います。レッスンを受けたことはないけど、興味はもっているという人には、是非、レッスンを受けてくださいと、お願いしたいです。
はじめに
効率よく音を出す奏法とは?
より良い奏法とは「効率よく音を出す奏法」と言い換えられます。「効率よく」音を出せるようになるということは、「効率が悪い」状態に比べて様々なことを楽に行えることを意味します。
例えば、大きな音を出したい、音域を広げたい、いい音色で吹きたい、耐久力をつけたいなどといった、個々にかかえている問題があるとします。「効率よく音を出す奏法」を身につけることにより、トランペットを吹くことそのものが楽に行え、これらの問題が一気にすべて解決する可能性があります。
音域を広げたい(多くの場合高い音を出したい)場合、高音ばかりを出す練習をしてもなかなか上手くいかないものです。仮にそれで高音が出るようになったとしても、音色が良くなかったり耐久力がなかったり中低音が痩せたりと、本来はすべて大事な要素なのにむしろ「虻蜂とらず」*1の状態になってしまうなんていうことが、しばしばあります。
しかし、すべてを実現できている人もいます。できる人とできない人の差、その大きな要素と考えられるのが、音を出すための効率の問題なのです。
効率よく音を出すための大原則は…
- 必要最小限の力で吹くこと。
- 音域にかかわらず同じアンブシュア*2で吹くこと(ダブルアンブシュア*3にならないこと)。
- アパチュア*4を小さくすること。
- 舌の活用。
この4点に集約されます。私のレッスンでは、ウォームアップを通じてこれらのことを身につけることが出来るように指導します。この「効率よく音を出す奏法」を身につけることで、トランペットの演奏能力全体が複合的に向上し、「すべてを実現できている人」に近づけるのです。
以下に解説するメニューは日々のウォームアップとして行いますが、それが同時に「効率よく音を出す奏法」を身につけるための基礎練習でもあります。そのメニューと、それを行うにあたっての考え方を順に解説します。
*1 虻蜂(あぶはち)取らず
「虻も取らず蜂も取らず」が簡略化された語。二つのものを同時に取ろうとして両方とも得られないこと。欲を出しすぎると失敗することのたとえ。*2 アンブシュア
フランス語では歌口(マウスピース)のことをEmbouchure(アンブシュア)と言うが、日本ではアンブシュアとは金管・木管を問わず、歌口(マウスピース)に当てる唇の態勢をいう。実際には唇だけでなく、口の周りの筋肉、アゴや舌の動きなど、全体を指す。*3 ダブルアンブシュア
低音域と高音域とでアンブシュアを使い分けることをダブルアンブシュアといい、悪い奏法とされている。*4 アパチュア
金管楽器を吹いているときに、唇の中央にできる空気の通る穴(振動部分)のこと。
ゼロスタート
トランペットのウォーミングアップは、毎回「0」の状態からスタートして1、2、3と飛行機が離陸してくようにテンションを上げていきます。
「0」の状態とは、音を出す前の、唇に何の力も入っていない状態のことを指します。ここから、音を出すために必要最小限な力を、徐々に加えていくことが大切です。
3、4、7、10などのように、最初からハイテンションな状態で始めたり、段階をとばしたりしないように注意します。これは、ほんの少しの息でも反応する敏感な唇を作るために必要なことなのです。
「ウォームアップは必ず「0」の状態を見つけるようにします。」
リセット
トランペットは、どんな奏法でもある程度音が出てしまいます。中には間違った方向に大きな力を使っている人もいます。
皆さんは最初にトランペットを吹いた時、どのように音が出ましたか?最初から正しい素直な方法でいきなり吹けてしまった天才的な人もいるかもしれません。しかし、正しい指導を受けることが出来なく、数打てば鳴る方式でいろいろ試行錯誤して、最後には「ばー!!」と息を入れて、偶然音が鳴る…などという経験をお持ちの方も、実は多いのではないでしょうか。
今の自分の奏法・音の出し方がうまくいっていないと思う人こそ、ここは「なんとか今までの自分の吹き方のいいところだけを残して、新しい考えを取り入れて行こう」などという中途半端な考えではなく、「これから全く新しい楽器を一から習うと思い、考えを一度リセットする。」ことをお勧めします。
「0」スタートし、最小限の力で音を出すということがどのくらいラクなことなのか、一度経験してみるべきだと思います。「まったく新しいチャレンジだと思って、リセットしてみましょう!」
(動画の補足)
0:00 レッスンで一番大事にしていることは?
→トランペットの吹き方のイメージに対する誤解を解いてあげること。
1:55 レッスンで教えていること
→基本は、誤解を解くこと。息のスピードの誤解。呼吸法の誤解。
→自己流の間違った癖、間違ったイメージをリセットする。
5:19 うまくリセットできる人とできない人の違いって?
→正しい吹き方と、どれだけずれて慣れてしまっているか。
6:17 上手い音とダメな音の違い
手品の種
私がレッスンを通じて伝えようとしていることは、いわば手品の種のようなものです。
トランペットはこうやって音を出すのものなのだ、つまり、この手品は種がこうなっているから手品になるんだ、ということがわかっていない人は、スランプに陥ってもなかなか抜け出せないものです。種がわかっている人はスランプから抜けだす方法がおのずとわかります。
しかし手品の種がわかったら手品が出来るようになるでしょうか。お客様に手品を華麗に見せることが出来るでしょうか。種を悟られずに手品を見せるには、それなりの訓練が必要でしょう。
楽器を効率よく鳴らすということには、それと似たところがあります。
「手品の種がわかることと、手品が出来ることは違うのだよ!」
時間を投資する
家庭で食後の片づけ担当の私は、「やかん」がとても汚いことに気がつきました。そこで食器を洗った後に、「やかん」を「ササッ」と簡単に拭いて片づけるということを毎日行いました。そして1か月たった時に「やかん」は見違えるほど綺麗になりました。
このウォームアップは約30分です。演奏前に必ず行ってください。半年、1年と行うことにより効果が表れます。時間を投資してください。
現在正しい奏法で吹いていない人は、言い方を変えれば正しくない奏法を今まで何年もかけて作り上げてきた、とも言えます。時間をかけて身につけた悪い癖をリセットするのは大変です。
毎日毎日少しずつ時間をかけ、汚れた水に徐々に綺麗な水を入れていくように修正していくしかありません。
出来ても出来なくても、かすれてもいいから1回やったら、その日のウォームアップはおしまいとして結構です。時間が無い時は、出来るところまで。せめてロングトーンだけでも行いましょう。
そして合奏に演奏に、このウォームアップでの考え方を応用してください。
「これは効果が出るのに時間のかかる漢方薬のようなものだよ!出来ても出来なくても毎日1回服用すること。」
しつこいほど中低音をやる
ウォーミングアップの譜例は私が、世界の一流プレーヤーと言われるような人の方法を研究し、わかりやすくしたものです。これと同じような方法を、世界の一流プレーヤーと言われている人たちも日々行っています。
このような平凡な方法が、実は上手になる元なのです。シンプルなものの中にこそ、重要なことが含まれています。もちろん譜例をただ吹いただけではなんの役にもたちません。その意味や目的をわかって正しく行う必要があります。
トランペットの技術を向上させようとして、結果を早く求めようとするあまり、負荷のかかる難しいトレーニングをたくさん行ってしまう人がいます。ところが、世界の一流プレーヤーといわれる人たちほど、実は技術の向上のためには、意外なほどシンプルなトレーニングを、丁寧に行っているものなのです。
スポーツの世界でも、「早筋と遅筋」「インナーマッスルとアウターマッスル」などのキーワードがあり、軽い負荷の運動を毎日行うことで、耐久力があり怪我が少なく繊細な動きが出来る体を作るようです。トランペットにおいて、この「軽い負荷の運動」に相当するのが、このあとご紹介していく平凡でシンプルな中低音のフレーズです。
クリーヴランド管弦楽団首席奏者の「マイケル・サックス」が、このように言っていました。
「しつこいほど中低音をやること。プロでも中低音をおろそかにしている人がいる。」
(2010年11月13日日本トランペット協会第58回マスター クラス・クリニック)
バジング(バズィング)
バジング(バズィング)とは、バズ(buzz)つまり蜂等が飛ぶ時の羽音のようなブーンという音を、唇のみ、もしくはマウスピースを使って出すことです。金管楽器の音は、この音(振動)が元になっています。この項では、バジングの重要性とその練習方法を説明します。
ゼロの状態からバジングを試みる
ここでは最初にマウスピースでバジングをするところから始めます。このときの目標は、ほんの少しの息でも反応するような敏感な唇を作る、ということです。
まずマウスピースを唇に当てますが、ただ普通に閉じている状態=普通に黙っている状態の唇にマウスピースを当てます。これが前述の「0」の状態です。アンブシュアを作る必要はありません。
当てる場所もとりあえず心地よいところにあてればよいです。当てるだけですから、まだ口に力は入っていません。この状態で息を出し、バジングします。
ゼロの状態から息を吹きこむとき、実際には誰しもマウスピースをある程度唇に押し付けたり、唇に何らかの力を入れることになります。しかし、それを意識的に、あらかじめ行わないことが大切です。息が脇から漏れることなくマウスピースの中へ流れるための、最小限の力を使うわけですが、それを体が自動的に行ってくれる範囲だけで行うのです。
この「体が自動的に行ってくれる範囲」の力という考え方は、楽器を吹く上でずっとついてまわるとても大事な事柄です。
徐々に音量、音域を広げる
このゼロの状態でバジングを試み音が出れば、ひとまずいいでしょう。必要最小限の力で音が出ているわけです。必要最小限を意識しながら、小さい音から大きな音へ、中低音から高音へ、音の幅を広げていきます。音の幅が広がるに従い、唇の周辺や息の流れなども変化しますから、必要になる力も様々に変化します。それをあらかじめ意識的に行わず、「体が自動的に行ってくれる範囲」で行います。
なお、音量・音域は必ず「徐々に」広げていきます。あせって途中を飛ばして急に大きな音や高い音を出そうとするのは、余計な力の入る元になるので、避けるべきです。
舌の位置
ここでは舌についても、自然な状態のまま力を入れないことを意識して、敏感な唇を作ることをまず考えます。
音が出ないとき
音が出ないとき、大切なのはゼロの状態からという原則を守りつつ、音が出るまでじっくり待つということです。
誰しも音が出ないときは何とかして音を出したくなるものです。例えば唇をすぼめたり横に引いたりといった、唇に何らかの力を入れて、いわゆるアンブシュアを「作る」ようなことをしてはいけません。この「作る」作業が「余計な力」を入れることになってしまうことが多々あります。
この最初の段階で「余計な力」を使ってしまうことは、いわば洋服のボタンを掛け違えて進めていくようなものです。そのまま先に進むことは、すでに必要最小限の力で吹くという原則から外れてしまっており、先に進んだ時その余計な力を入れて行ったことを修正するためにさらに余計な力を使うといった、「余計な力の悪循環」に陥ってしまうことになります。(後述「余計な力の罪」参照。)
ですから、音が出なくてもアンブシュアを「作る」ことをせず、まずはゼロの状態を心がけ、自然に唇が振動してくれるまで根気よく試します。
音が出ないときは、口を閉じて(ただ閉じる)から、マウスピースを口にあてて、「プッー」の発音と共に、息だけ入れることも試してみると良いでしょう。(まだ、唇を振動させなくてもよいです。)息のスピードは思ったよりもゆっくりで、リコーダーを吹くくらいです。中低音のそれほど音量の大きくない音は、このくらいの息のスピードで鳴るものです。
これは、その感覚をつかむ為のもので、まだ音が出なくてもよいのです。余計な力を使っているかもしれないと思う人は、この状態をよく確かめて、最低限の力を覚えるとよいでしょう。上手くいくとそのまま音が出るかもしれません。
もう一つの工夫として、マウスピースを楽器にとりつけ、チューニング管を外して吹いてみる、という方法もあります。
マウスピースのみの状態より、管がマウスパイプ分長くなるわけですが、管が長くなった分、音が出やすくなる可能性があります。徐々に吹く管の長さを調節し、最終的に音が出ればよいのです。
ただし、マウスパイプの長さはマウスピースより長く倍音の間隔が広いため、あまりいろいろな音を出そうとすると唇に無理がかかるので、注意が必要です。*1
音が出るまでにかかる時間は、千差万別です。人によっても当然違うし、同じ人でも体調や唇の状態(前日の演奏による疲労の度合いなど)によっても違います。体調の良い時、唇の状態がよい時は、比較的すんなりと音が出るかもしれません。一方、寝不足や疲労で体調が悪い日、あるいは前日たくさん吹いて唇がダメージを受けているような場合(唇の振動する部分がまだ腫れている感覚がある時など)、すぐには音が出ないことがあるかもしれません。
すぐに音が出ない時、何とか音を出そうとあせって細工をして=何らかの余計な力を入れて、より一層調子が悪くなってしまう、というのは、スランプに陥るありがちなパターンの一つです。このような時こそ、自然に唇が振動するまで待つということが、非常に重要です。待つことにより、時にはいつもよりウォームアップに時間がかかってしまうようなこともあるでしょう。しかし、ここで大事なことは、あくまでも唇が自然に振動して音が鳴っている状態を作り出すことなのです。
また調子の悪い時 *2 は、音が出ても、雑音の混ざったブツブツした音になってしまうことがあるかもしれません。しかし、やり方があっていれば、すなわち力の入っていない、ゼロの状態ができているのであれば、よしとします。余計な力さえ入っていなければ、いずれ雑音の少ない密度のある音に近づいていく可能性があるからです。
なお、マウスピースの練習はそれほど多くやる必要はないと考えています。マウスピースでの音の出し方は楽器をつけた時とは違うからです。目安としては3分くらいでよいと思います。パターンを決めておき、それをこなすことにしておくとよいでしょう。
*1 マウスパイプでのバジング
通常、実音D~Esの音が出る。マウスパイプの長さによるため楽器によって違う。*2 調子の悪い時
普段はマウスピースでのバジングで音が出るが、調子が悪くてマウスピースのみでまったく音が出ない時などは、無理をせず、チューニング管をはずした状態のマウスパイプでのバスィング、もしくはバジング自体行わないですぐに楽器で吹くなどの方法を取った方がよい結果につながる。
必要最低限の力
バジングの部分に多くの頁を費やしましたが、それはバジングの部分で述べてきた考え方が、最初に述べた「効率よく音を出すための大原則」である「必要最小限の力で吹く」ための、大変重要な出発点であるからです。これが以後のウォームアップの過程、ひいては演奏をする上での原則となるのです。その重要さを強調するため、「余計な力」、「必要最小限の力」についてもう少し述べてみます。
例えばバテやすい(=耐久力がない)人は、このバジングをはじめとした音出しの段階ですでに余計な力が入っていることがあります。余計な力が入っていると、音を出すための効率がすでに落ちているため、ここから音量を上げたり高音を吹こうとすることは、効率を無視して無理やり音を「作って」いくことになってしまいがちです。
音量を得るためには息の量を増やしますが、その空気圧に耐えるために唇に力を入れざるを得なくなります。また高い音を出すためには唇の細かい振動が必要になりますが、それをつくるために、やはり唇に力を入れざるをえなくなってしまうのです。
本来、唇はトランペットを吹くための器官ではありません。演奏による振動で、誰しも唇には大なり小なりの負担がかかりますが、力の入った唇で無理やり振動を得ようとすると、唇は余分にダメージを受けます。また、余計な力が入っていない状態に比べ、繊細に振動してくれない可能性が高まります。余計な力の入ったまま吹き続けると、炎症による腫れや痛みが、より短時間で出てきます。ひどければ粘膜が切れて傷ができ、すぐには回復しないほどのダメージを受けてしまうこともあります。繊細な振動が失われれば、もやは繊細な音楽表現や綺麗な音での演奏は出来ません。
これがいわゆるバテた状態です。唇に余計な力を入れて吹くことで、唇のダメージを助長し、短時間で演奏のできない状態になってしまうわけです。
大音量で演奏したりハイトーンを連続して吹いたりすれば、誰しも唇にダメージを受けます。*1 しかし、余計な力を入れず、最小限の力で効率よく吹けるようになるにつれ、受けるダメージは減少します。
上手な人ほど、下手な人に比べて力を使わずに=効率よく大音量やハイトーンを出しています。同じフレーズを同じように演奏しているのに、上手な人の方がより豊かにハイトーンが吹け、かつ耐久力がある、なんていうことがあるとすれば、そこが違うのです。決してどこかに超人的な筋力を備えていたり、桁はずれの肺活量であったりするわけではないのです。筋力にせよ肺活量にせよ、鍛えて向上させるには限りがあります。その鍛え方が超人的なのではなく、力の使い方が上手なのです。*2
しかし、必要最小限の力で吹けばよいことが頭でわかったからといって、誰もがすぐに力を使わずに大音量やハイトーンをバリバリ吹けるようになるわけではありません。そこはそれなりの訓練が必要です。
「必要最小限の力による吹き方」=「正しい力による楽な吹き方」により、鍛えられる部分があります。例えば、口の周りの筋肉などはその一つです。その部分が鍛えられた分だけ、音域や音量や耐久力が向上するのです。その部分がどこの何という名前の筋肉であるということを限定するのは困難ですし、仮にそれを示せてもその筋肉だけを鍛えることは事実上不可能です。(人間の体は特定の筋肉のみを単独で鍛えられるようにはできていません。)そして、それは「正しい力による楽な吹き方」以外の方法では鍛えることができないのです。
例えば、楽器歴の長い人は短い人に比べ、これまでの奏法で身につけてきた筋力が応用され、より早く「必要最小限の力による吹き方」を習得できる可能性があります。しかし、それがどのくらいの時間なのかについては、個人差があります。すぐにできてしまう天才肌の人もいれば、何か月も何年もかかる人もいるでしょう。ここは腰を据えて、信念を持って取り組むことが大事です。
*1 ハイトーンや大音量の練習
スポーツにおいても極端な運動は体を壊す結果になる。トランペットにおいても無理に行うハイトーンや大音量の練習は唇を痛めることになる。*2
強靭な筋力や大肺活量や過酷な練習量が上達の条件だとすると、筋肉の発達した大男は全員一流プレイヤーとなってしまう。
段階的に行うことの大切さ
ウォームアップの一番初めの段階であるバジングを、必要最小限の力で、なおかつ自然に唇が振動してくれるまで待つということは、スポーツにおけるウォームアップに通じるところがあります。
スポーツにおいて、身体を最高の状態に整えるために入念な準備運動を行うことは、常識といえるでしょう。野球のピッチャーは決して最初から全力で投球しないでしょう。イチローも常に同じメニューでのウォームアップにこだわるといいます。入念な段階を経たウォームアップの末に、実戦での全力投球、フルスウィングがあるはずです。
「必要最小限の力」のイメージ
リコーダーを吹くときのことを考えてみてください。息が漏れないように意識して唇をすぼめたり、大きな音や高い音を出すために、極端に息を強く吹き込んだり、体のどこかへそれ専用の力を入れるでしょうか。
音が出るとわかっているとき、意外に力は入らないものです。リコーダーは息を吹き込めば誰でも必ず音が出ますから、誰でも大きな力を使わないで音を出すことが出来ます。
むしろ、強い息をリコーダーに入れても、「ピー」と関係ない倍音が鳴るだけで、リコーダーは綺麗に鳴ってくれません。
トランペットもリコーダーと同じくらいの力の使い方、息の出し方で吹くことができます。
もちろん、特定の限界領域では違いもあるでしょうが、大部分の音域は多くの人が思っているよりもっと燃費よく吹くことができます。
リコーダー以外の例えとしては声帯があります。声は声帯の振動によって生まれますが、声を出すために声帯に意識的に力を入れているイメージがあるでしょうか?誰でも特に意識しないで、最小限の力で声をが出すことが出来ているのものです。唇の振動によって生まれるトランペットの音もそうあるべきなのです。
トランペットで音を出すのにそれほど力が要らないことを実感してもらうために、レッスンでは、私がマウスピースでバジングしている時に、スロートの先端から出ている息を、生徒の手に当て、その息のスピードが如何に遅いかを確認してもらうことがあります。
そもそも音は音速で伝わります。息のスピードなど関係ないほど早く音速で伝わります。息のスピードに着目するより、唇をいかに効率よく振動させることが出来るかどうかが重要です。
トランペットの小さなマウスピースに、大量な速いスピードの息を送り込むこと自体が困難なのです。
「スピーカーの真ん前にいて、風圧で髪の毛が飛ばされるだろうか?」
「力を抜くこと」と「必要最小限の力」
必要最小限の力で行おうとして、力を抜きすぎてしまうことがあります。必要最小限の力と、力を全く使わないこととは違います。
必要最小限の力で演奏している人を見ると、とてもリラックスしていて、あまり力を使っていないように見えることがあります。しかし、それは力が入っていないのではなく、筋力の均衡により口周辺に適度な緊張が維持され、安定感がもたされているためにそのように見えるのです。
逆に筋肉が緊張して「力が入っている」と見える場合は、筋肉の緊張が、緊張すべきでない場所に、正しくない種類、量、長さで続いていることがあります。
必要最小限の力による吹き方は、「正しい力による楽な吹き方」により鍛えられた結果なのです。
バジングのメニューの次は、楽器でのメニューに進みます。
(以下のメニューに進む前に、口慣らしに少し音を出しても構いません。しかし、あくまでもまだウォームアップの初期段階ですから、小さな音で中低音をほんの短時間吹くにとどめます。)
次の譜例にしたがって、楽器を使いmpくらいの音量で吹きます。メトロノームとチューナーを使い、テンポと音程を正確に行います。ブレスもテンポで吸います。
このときも、ゼロの状態から息を入れることを心がけます。吹く前に口を作るようなことは、バジングのときに述べた通り、行ってはいけません。息が出て音が出る瞬間、体が自動的に必要な力を使います。それ以上の力を意識的に入れてはいけません。
譜例を進めていくにあたり、フレーズとフレーズの間では毎回楽器を口からはなししっかり休みをとります。そして、次のパターンへ進むその都度、唇をはじめ全身がリセットされているかどうか、ゼロの状態になっているかどうか確認します。
半音で動く意味
譜例の音形は中低音域での半音の動きです。これは効率よく音を出すための大原則の2つ目である「音域にかかわらず同じアンブッシュアで吹くこと(ダブルアンブッシュアにならないこと)」を実現するための訓練、その第一歩です。
中低音の、無理なく音を出せる音域で、まずは半音だけ音が変わる形で、アンブッシュアを変化させずにピストンの動きだけで音を変える、という感覚を確認します。
譜例を演奏するにあたり唇、舌、口内、喉、何も変化させません。息も音の変わり目で段差をつけたりせず、同じ調子で吹き続けます。この音域で、たった半音であれば、それが可能なはずです。
なぜmpか?
「楽器がよく響く綺麗な音を最小限の力で吹くという目標」をもっていると、最終的にmp に近づきます。最小限の力で吹き、唇が十分振動して音が鳴っている状態をつかみながら、唇の自然な振動が得られるようになることを目標にしていると、より小さな音で、倍音を多く含むしっかりとした綺麗な音が出せるようになります。
この小さな音で、倍音を多く含むしっかりとした綺麗な音が、大きな音や力強い音、超ハイトーンなどの元の音となります。ベースとなる元の音がよくないとすべての音に影響します。
可能であればより小さくpp(ピアニッシモ)で行うのもよいかもしれませんが、はじめから無理にpp(ピアニッシモ)にこだわると、余計な力が入りかえって倍音の少ない縮こまった音になり、逆効果になってしまうことがあります。
ラクに吹けて気持ちよく倍音が響くmp(メゾピアノ)くらいの音量が、結果的に練習には最適だと思われます。
倍音を含むしっかりした音で行うと音量がmpにならない場合は、このロングトーンを初めからmf(メゾフォルテ)やf(フォルテ)の音量で行ってもかまいません。その場合でも「楽器がよく響く綺麗な音を最小限の力で吹くという目標」をもって行うことが最重要で、練習を積み重ねた結果としてmp(メゾピアノ)の音量を目指します。
「よく響くきれいな音」の確認法は、例えば、実音Fでf(フォルテ)からDecrecsendしていった時に、音量が弱くなっても倍音や振動が保てることなどが一つの基準となります。
ちなみに、練習を積んで綺麗なmp(メゾピアノ)の音量に近づいた時の息の量は、ロウソクの炎をほんの少し傾ける程度で十分です。
バジングのところでお話ししましたが、やはりいきなりff(フォルティッシモ)で吹くのはご法度です。段階的に、唇が十分に、そして力が入っていない自然な振動をしていることを確認しながら、徐々に大きくしていくべきです。
繰り返しになりますが、譜例の強弱記号を守り段階的に大きくして行きます。段階を抜かしていきなり大きな音を出すのは、唇の準備がない状態でいきなり負荷をかけるということです。負荷に耐えるために余計な力が入り、「余計な力の悪循環」に陥ることになってしまいます。
まずは余計な力の入っていない状態で一通りのメニューをこなし、唇の自然で十分な振動のある状態、すなわち「よく響くきれいな音」を出すことができていることを確認してください。
このロングトーンのパートは、上達してくるととても小さな音で行うことができます。上達に伴い、mp(メソピアノ)よりさらに小さいp(ピアノ)やpp(ピアニッシモ)でも、「よく響くきれいな音」が出せるようになってきます。場合によっては、防音施設の無い家でも練習が可能なくらいの音量まで小さくすることができます。防音施設が無い場合、この後の「インターバル」以降のパートはカップミュートやプラクティスミュートを使用するといった方法もあります。
(2010年11月13日、日本トランペット協会第58回マスタークラス・クリニックでのクリーヴランド管弦楽団首席奏者の「マイケル・サックス」の解説より。)
舌は何もしていない自然な状態では口の中いっぱいに風船のように膨らんでおり、舌の表面は多くの面で上顎に接しています。この舌と上顎の間の狭いスペースを通して息を唇にあてます。
狭いスペースを通過して送られた息が唇に当てられれば、口の中を大きく広げて息を出すことにくらべて、より圧力の高い息を効率よく唇に送ることができることになります。この適度に圧のかかった息で唇が振動し音が出ている状態の息の出し方のことを、レッスンでは「息がフォーカスされる」と表現しています。
舌が下がっていて息の通り道が大きくなると、口内圧力は減少し、息はフォーカスされないで唇にあたります。そのため音はぼんやりしたものになりがちです。その状態を解消する、つまり息のスピードを上げるために、息を強く吹きすぎてしまったり、喉を絞めて圧力を上げる人がいます。こうなると、前述の「必要最小限の力」の原則から逸脱してしまった、悪い力の循環に陥ることになります。
舌の位置が高い位置で息がフォーカスされていると、スラーの音の変わり目やリップスラーがとても簡単になるはずです。また音の輪郭がはっきりして、特にロートーンがはっきりとした音となるはずです。
舌の位置を高くするために、舌に力が入っては元も子もありません。この場合、舌は自然な状態で口の中いっぱいになっている状態をほんの少し修正して息を通すもの、というくらいに考えるのがよいかもしれません。つまり、黙っている時の状態が既に楽器を吹くための高い舌の位置にほぼなっているはずなのです。
舌の位置を今まで意識したことのない人にとっては、舌がどのようになっているか、わかりづらいかもしれません。*1
上述のような舌のイメージをもって練習を進めることで、力をかけることなく舌の正しい位置や力の抜き方を習得しやすいのではないか思います。
*1
舌の位置については人により感じ方が違うため、「口の中が広い」または「狭い」という表現が一概に舌の位置を表しては いないかもしれません。また舌の唇側と奥側、中央と両翼といった場所による高さの感じ方も人それぞれと思われます。
舌の位置により息の通り道が狭い方が口の中の気圧を楽に保つことができ、バックプレッシャー(喉の力)を抜くことになります。
音色に注意する
音色について、当然、イイ音を心がけて音を出してほしいと思います。イイ音とは、自分で吹いていて心地よいことは第一ですが、且つ客観的に倍音を多く含む、豊かな音色、鳴っている音であることが大事です。(「自分の気分が良い」というだけではいけません。)
例えば自分が好きなプレーヤーの音を記憶して、その音をイメージして吹くのもよいでしょう。自分の出している音の善し悪しに自信がない時は、しかるべき上級者に一度チェックしてもらうのがよいと思います。自分でイイ音だと思っていた音が、聴く人が聴くとまだ力の入った音である可能性も多々あります。こういう音がいわゆるイイ音なんだ、ということを一度確認しておくことは重要です。
余計な力の入っていない状態で、唇が効率よく気持のよい振動をして、倍音を多く含んだしっかりした音を出すことが出来ていれば、楽器の設計通りの自然な音が出て、音程も良くなってきます。
たとえば、これまでチューニング管をたくさん(何cmも)抜かないとチューニングできなかった人が、楽器設計通りの1cm内外で合うようになってくることがあります。
姿勢について
唇や口の周辺だけでなく、手や腕をはじめ体全体の力も必要最小限を心がけるべきです。肩に力が入っている、あるいは必要以上に楽器を強く握りしめているなどの余計な力は、力んで吹く=唇に余計な力を入れる誘因になります。
楽器は、左手だけで持ち、腕の力は楽器を口元まで持ってくるために必要なだけの力を使うことを心がけます。
右手はバルブ操作のみの力として、楽器を支えることには力を使いません。
また楽器を構えるときは、楽器を口の方へもってくることを心がけ、体を楽器に近付けていかないようにして、良い姿勢を保ち、全身に不要な力が入っていないことを確認します。
ブレスについて
ブレスはすでにバジングをするところからかかわってきますが、バジングの部分の文量が多くなってしまったのでこのパートで述べることにします。
ブレスについて、巷で色々な理論が語られています。どれも正解であり、一聴に値するものであろうと思います。それはそれとして、ここではシンプルに、必要な時必要なだけ吸う、としたいと思います。腹式とか胸式といったことにはあまりとらわれなくてよいのです。吹こうとするフレーズの長さや音量に見合う量のブレスをとればよいのです。
一つ注意としては、吸った後は止めずに吐くことが大事です。振り子やゴルフのスィングのように、行って帰る間に止まっている時間があってはいけません。これも余計な力が入らないためのコツです。
息を吐くときは、風船の中の空気が、風船の口を開放して圧力で自然に出ていくような出し方が理想です。風船がしぼむときは、風船自体の張力でしぼむのであって、外から力を加える必要はありません。楽器で音を出すときの息も同じで、ため息をつくときのように吸った息が自然に出てくる勢いを利用するのが理想です。不要に息を絞り出すような力は必要ありません。
また、楽譜「ウォーミングアップ」にも注意書きがあるように、「テンポで吸う。」ことが重要です。それはテンポ感のみならず、音の出だしを作り、トランペットらしい音作りに影響していきます。
フィンガリングについて
ゆっくりなフレーズを演奏する時、ピストンの上げ下げまで遅くなってしまう人がいます。御承知のとおり、通常の演奏ではハーフバルブの状態で音を出すことはないので、ピストンは厳格に押すか離すかの状態にするべきです。
ロングトーンの練習時など、音を変えるときにはすばやく指を動かすことが重要です。イメージとしてはピストンを指で叩くくらいです。
すばやいフィンガリングは、きれいなスラーを作ります。
インターバル
ここでは、音の間隔が半音、全音~と徐々に広がっていきます。「ロングトーン(半音の動き)」でも説明した「音域にかかわらず同じアンブッシュアで吹くこと(ダブルアンブッシュアにならないこと)」を実現するための訓練をさらに進めます。
音量は引き続き mp です。やはりメトロノームとチューナーを使用し、テンポと音程を正確に行います。
注意すべきことは、音の間が広がっていってもアンブッシュアを変えない、ということです。
半音の動きにくらべ音の間隔が広い分、特に下の音に行った時にアンブッシュアを変えることに頼っていたり、あるいは口の周辺の筋肉を緩めてしまう人がいます。これを極力出だしの音と同じ状態で下の音も吹くように心がけます。
トランペットにおける唇は、木管楽器でいうリードです。リードがずれたり動いたりしては、音がきちんと出ません。
舌は前述したとおり、基本的には高い位置(出だしの位置)のまま変えないイメージを持つことことが重要です。音程を変えるとき、現実には舌の移動が必要ですが、しかし、それを意識的に大きく動かし過ぎてはいけません。例えば、低い音を出すのに、舌を極端に低くして口の中を広げ過ぎてはいけません。ロートーンにおいても必ず舌を高い位置にすることが重要です。
運指や舌以外にも、体の何かが変化しなければ音は変わりません。音が下がったときに体にも何らかの変化が起こっているはずです。しかし、それを意識したり、またあらかじめ行ってはいけないのです。音を変えたいと思った時、音が変わるのに必要最低限の変化を体が自動的に行ってくれます。それを極力少しの動きで行うようにしたい、というのがこのパートの目的です。
半音であれば、こうしたことをあまり意識せずに行いやすいはずです。それを、音の間隔を徐々に広げながら、音の間が広くなっても半音の時と同じような変化でできるようになることが、ここでの目標です。あたかもずっと同じ音を吹いているかのような感じで吹けるようにしたいのです。
吹き方を変えないのと同時に、音色も音の上下にかかわらず、同じように保って吹くことが大切です。キーボードで音が変わっても、音のテンションや音色は変わらないのと同じように、演奏(音楽)では下に行ったから低い音の音色、高い音はまた別の音色という風にはならないようにしなければなりません。そのためにも、音域によって吹き方を変えないことが重要なのです。
なお、フレーズをワンブレスで吹き通せないときは、間でブレスを取って構いません。曲の中のブレスのようにテンポの中でブレスを取る必要はなく、息がなくなった所で一度中断して、必要なだけ時間をかけてブレスをして、またメトロノームに合わせて続きを始めます。
唇が効率よく振動しているときほど、よく響く綺麗な音になります。効率よくきれいな音が出せるようになるほど、ブレスが節約され、ワンブレスで吹ける長さが次第に長くなってきます。最終的にはこのフレーズもワンブレスでできる可能性があります。(現にできる人もいます。)効率よく音を出せているかどうかの、一つのバロメーターになります。
リップスラー1
このパートも「音域にかかわらず同じアンブッシュアで吹くこと(ダブルアンブッシュアにならないこと)」を実現するための訓練です。ここまでのまとめ的なフレーズです。
ド→ソもソ→ドも離れていますが、同じ直線上の音、あるいはほんの1mmくらい下の音といったイメージで移動します。半音の移動の時と同じように、アンブッシュアを変化させないで移動してくようにします。下の音だとは思わないようにします。音が下に出るわけではありません。
ここでも舌の位置を意識し、低い音の時に息の通り道が広がりすぎないことを確認します。もちろん舌の位置を高い位置にしようとして舌に力を入れてもいけません。(舌の位置参照)
舌の位置が適度に高い位置にあり、息の通り道が適切な狭さにあることにより、リップスラー*1 が簡単に行えるようになると思います。音の変わり目は、スパッと変わることが出来ることを目標とします。
このパートまでは音量 mp で行います。もちろん「楽器がよく響く綺麗な音を最小限の力で吹くという目標」で行います。
*1
リップスラーとは、金管楽器で運指を変えずに違う音にタンギングせずに移り変わること。
唇(リップ)を変化させて音を変えることからリップスラーというが、実際には唇を変化させないで、舌の位置などを変化させて行う。
舌の位置を整える
このパートでは、舌の位置を適切なものにし、息の通り道が適度に狭くなるように、整えることを目的として行います。
楽譜のとおりのタンギング(Ti、Kiど)で、なるべくロングトーンのイメージを壊さないように行います。ここからはmf(メゾフォルテ)で行います。
Tiで発音する音とKi発音する音をなるべく同じ強さ、ニュアンスに聞かせるために、KiはTiの2割増しの感覚で行います。
1頁の効率よく音を出すための4つの大原則を守りながら練習しますが、これはタンギングの練習ではなく、舌の位置を整えるための練習なので、特に次のことを意識しながら行います。
- アパチュアが小さいこと(広げすぎないこと)。
- 舌を下げ過ぎず(口の中を広くしすぎない)、の位置により息の通り道が適度に狭いこと。
- 息をテンポ通り吸って吐くこと。
- 以上の3つの力がバランスよく整っていること。
リップスラー2
ここでのリップスラーにおいても、注意事項は今までと同じです。息の通り道が適度に狭いことを維持しつつ、必要最小限の変化で音を変えていけるよう練習します。息の通り道が狭いことによりリップスラーが行いやすくなるはずです。
また、これまでと同じように、音が上下することで音に対する意識までも上下させてはいけません。音はあたかも一直線上にあるように意識し、音の変わり目もポルタメントするように音程が経過して変わるのではなく、スパッと変わることを目標とします。
リップスラーが出来ない場合は、楽譜の1フレーズの中で同じことが3回繰り返される内の1回を取り出して「Tu」でタンギングして、以降は楽譜通り3回のフレーズをリップスラーで行ってみます。こうして舌の位置や息の通り道の狭さをあらかじめ意識しておくことで、リップスラーが行いやすくなると思います。これはリハーサルマークIのリップスラーも同じです。
なお、リップスラーの前には必ず1~2分の休憩を置きます。(リハーサルマークHとIの前)
ウォーミングアップの仕上げ
これまでのウォーミングアップの総仕上げとして、このパターンを行います。曲を演奏するように、音楽的なイメージをもってして行います。ここで挙げているパターンは1例であり、この譜例にとらわれなくてもよいです。
今までのことを総合的に盛り込みつつ、考えて行います。
譜例では、この段階になって初めてhighB♭まで吹くようになっています。最初のロングトンーンの時と同じような状態でhighB♭の音を出すことが出来るという目標です。
ここでhigh-B♭を出すため、特別な力を入れてしまっては意味がありません。それでは今までのウォーミングアップを台無しにしてしまうことになります。
ウォーミングアップを忠実に行い、かつ唇や口の周囲の筋肉がバテていない状態で、それでもhigh-B♭が出ないとしたら、ここまで述べてきたものの何かがまだ少し欠けている、あるいは充分準備、鍛錬がなされていない可能性があります。それが何であるのかということは、恐らく個々人で異なります。それらを検証し、個別に対策を立てるのがレッスンの目的でもあります。
ハイトーンはハイトーンを吹かないと出来るようにはならない、と思い込んで、唇の振動が失われていても挑戦している光景によく出会いますが、それは、せっかくの心地よい振動を破壊しているばかりでなく、力をかけてハイトーンを吹くという、悪い習慣を体に覚え込ませていることになり、非常に危険です。
高い音を演奏する時も、楽器がよく響く綺麗な音を、効率よく音を出すための4つの大原則(1頁)を守って行うことが大事です。自分が4つの原則を守って吹けるのはどの音域までなのかを把握し、その手前までの音域をしっかり訓練し徐々に音域を広げていくことが、結果的にハイトーンを吹くことが出来るようになる近道になりきます。
「ハイトーンなど練習しなくても出来るようになるのだよ!」
演奏への応用
ウォーミングアップとしては、ここまでで終了です。ここまで行って約30分です。
もしも、時間が無い時は、途中まで行うことになりますが、どんなに時間がなくても最初のロングトーンは行いましょう。
ウォーミングアップの方法として書かれていますが、実はこれが奏法の基礎を固める練習でもあります。注意点を完全に実現出来なくても毎日1回行ってみましょう。逆に言えば、1日1回行えばよいのです。それにより、自然と必要な部分が鍛えられてきます。毎日行っているうちに、ウォーミングアップを行わない時の調子の悪さ、つまり自分の調子の本当の善し悪しがわかるようになると思います。
毎日行うことは、とても大変なことのように思われるかもしれませんが、たとえばロングトーンのみ行うとすると、(52小節+休み12小節)×4拍=256秒≒約4分半です。楽器を出して、注意事項を守りながら行って楽器をしまって、恐らく所要時間10分ほどでしょうか。習慣になってしまえば僅かな時間です。大変に思うかどうかは、習慣化できるまでの根気があるかどうかの問題です。
また、ロングトーン部分は上達するとプラクティスミュートなどを使用しなくてもよいくらい小さな音で練習出来ます。
ウォーミングアップ後、合奏など曲を演奏する時は、このウォーミングアップの状態を応用していきます。慣れないうちは、このウォーミングアップが曲の演奏にどう役立つのか、あまり実感できないかもしれません。しかし、半年、一年と時間を投資することにより、手品の種が徐々に身につき、華麗に演奏に応用していくことが出来るようになると信じています。
楽譜「ウォーミングアップ」
次ページ以降に楽譜を掲載します。
楽譜に最低限守るべきことを掲載してあります。特に休憩については、フレーズ毎の1小節以上の休憩や、リハーサルマーク毎の休憩などが指定されています。休憩は、常に唇をフレッシュな状態に戻して次のパートを演奏するだけではなく、筋肉を育てるという意味もあります。
特に、リップスラーの前では1分以上の充分な休憩をとります。また休憩は時間が無い時は、時計で計測することにより、効率化します。
- メトロノーム・チューナーを使用。
- アンブシュア変えない。
- テンポでブレスをする。
- 音を小さくすることとは違う。楽器がよく響く音を最小限のチカラで吹くことが目標。
- フィンガリングは速く
- よく響く音で。アパチュアを小さく。息のスピードとアパチュアの関係を感じながら。
- メトロノーム・チューナーを使用。
- アンブシュア変えない。
- テンポでブレスをする。
- 音を小さくすることとは違う。楽器がよく響く音を最小限のチカラで吹くことが目標。
- フィンガリングは速く
- よく響く音で。アパチュアを小さく。息のスピードとアパチュアの関係を感じながら。
- 途中でブレスをする場合は、いったん吹くのをやめて充分なブレスを取り、その部分からあらためて吹き始める。テンポで続けたり、ワンブレスを目指すのとは違う。
- テンポは4分音符=60~80。自分に合った速度で。
- メトロノーム・チューナーを使用。
- アンブシュア変えない。
- テンポでブレスをする。
- 音を小さくすることとは違う。楽器がよく響く音を最小限のチカラで吹くことが目標。
- フィンガリングは速く
- よく響く音で。アパチュアを小さく。息のスピードとアパチュアの関係を感じながら。
舌の位置を整える
- ここからは mf 。
- メトロノームとチューナーを使用すること。
- アンブシュアを変えないこと。
- リハーサルマークFとGは小さいアパチュアを維持するためブレスは鼻から行う。
- 最初から最後まで口をマウスピースから離さない。
- テンポでブレスを行うこと。
- 舌が下がらないよう意識すること。舌には力が入っていない自然な状態で、口の中いっぱいに風船のような状態で膨らんでいることを意識すること。
- メトロノームとチューナーを使用すること。
- アンブシュアを変えないこと。
- テンポでブレスを行うこと。
- 舌が下がらないよう意識すること。舌には力が入っていない自然な状態で、口の中いっぱいに風船のような状態で膨らんでいることを意識すること。
リップスラー3
- メトロノームとチューナーを使用すること。
- アンブシュアを変えないこと。
- テンポでブレスを行うこと。
- 舌が下がらないよう意識すること。舌には力が入っていない自然な状態で、口の中いっぱいに風船のような状態で膨らんでいることを意識すること。
あるアマチュアラッパ吹きのスランプからの復活
私は長倉先生に出会ったころ29年位ラッパを吹いていました。アマチュアの吹奏楽団とオーケストラに所属していました。当時は、ある武蔵野音大の先生にレッスンを受けていました。 ラッパはとても悩んでいました。吹こうとしても音がパッと出ないことが多かったです。
大きな音は自信がありましたが、耐久力や小さな音には自信がありませんでした。ファーストを吹く機会も多く、ちょうど吹奏楽団ではカルメンの長いソロを任されていました。またオーケストラでは木星の1番をやる、というところでした。
当時は、1音でも高い音を目指し、また少しでも大きな音を目指していました。太い音にしようと、口の中はなるべく大きくして、詰まったような音にならないようになるべくアパチュアを大きくしていました。当然その状態を支えるため、スピードの早い、太い息をガンガン出していました。
音が出なければ出ないほど、息をさらに強く大きくし、アパチュアを大きくして……ということを繰り返していました。
そのような早くて膨大な息を支えるためのアンブッシュアは口の回りの筋肉をガッチリ固めるように努力していました。
それらを支える息を吸うためブレスも研究して、瞬時にたくさんの息を吸えるように考えていました。
ラッパを吹くことはとても大変で疲れました。あまりに強い息を出し過ぎて、合奏終了時は頭が痛くなることもありました。ものすごく振動しない物に無理やり息を当てているような感じです。
体から力を抜くことも考えていました。ラッパの持ち方も研究して、ラッパの重心をほぼ左手人差し指一本で支えるようにしていました。体からは力が抜けても音はバサバサで、音から力は抜けていませんでした。 姿勢は体を椅子の背もたれにもたれさせて、ベルが上を向くようにしていました。ラッパを口に当てる角度が下向きなためです。出っ歯なためしょうがないと思っていました。
エリックやファーガソンのCDを聞いて、「この演奏はとんでもなく強靭な唇と口の回りの筋肉、もの凄い量の息を瞬時に吸えるブレス、とてつもなく早いスピードの息、大きなアパチュアから、凄い太い息をを出している。」と、思っていました。
また演奏会用のデモCDなどを聞いて、その全体の演奏をそのまま吹こうと思っていました。
合奏で、よく思ったことは、「何故、みんなはそんなしょぼい音で吹いているんだ。こんなに迫力のある所じゃないか。しょうがないな、自分だけでも、ばかデカク吹かないとだめだ。」なんて思っていました。
ウォーミングアップは、当時はたいしてやらなくても突然音が出るので、意味がないと思っていました。
耐久力はほとんどありませんでした。ワンフレーズでだめになることもありました。耐久力は毎日吹いて筋肉を鍛えないとだめだと思っていました。
調子は毎日めまぐるしく変わりました。体調や体のむくみなども影響するのではないかと考えて、本番前寝る時はなるべく頭を高くして寝るようにしたりしていました。そうすることにより、朝に顔がむくむことを避けていました。顔のむくみは口のむくみで、振動を阻害するものと考えたのです。
また、練習方法は、楽譜をいろいろ分解して行う方法は知っていたものの、「出来ない所は、死ぬほど繰り返し練習するしかない」と思っていました。
演奏中いろんな難しい所を吹けるかどうかは、ある意味確立の問題でした。その確立を上げるため曲を何度も練習していました。ミストーンは避けられないものだと思っていました。
男性で力があってハイトーンや力強い演奏を目指している方は私と同じ考えのところはありませんか?一箇所でも…
さて、その後私はどうなったでしょうか?
演奏会に向けてさらに上手になろうと日々努力をしていました。でも、音がすぐにスタートしない症状は悪くなるばかりでした。
カルメンと木星の本番は近づいています。曲は暗譜するほど練習しました。でも心は晴れませんでした。昔は自由に吹けたマウスピースは、まったく音がでなくなり、調子の波はひどくなるばかりでした。当時、私は「ラッパ吹けない病にかかっている」と言っていました。
そんな時の12月のある日、たまたま他のアンサンブル団体との忘年会に出席しました。その時プロの方も何人かいらっしゃっていました。たまたま座った席の隣の人は、「○○フィルでトランペットを吹いている○○先生という人だよ。」と友達に教えてもらいました。その人に何の気なしに
「最近、マウスピースも吹けなくて。。」などと、話していた時、その人が言った言葉で、次の2つのことが、とても気掛かりになりました。
「ほんのちょっとの息でも敏感に反応する唇を作ればよい。」
「あなたは音が出るまで待っていますか?」
その時は、その人の名前も覚えていないくらいでした。
そのことが気になった私は、すぐに翌日からマウスピースを吹いてみました。ほんの2~3年前まではマウスピースで自由に大きな音で曲を吹けたはずでした。しかし、まったく音がでません。<・p>
とにかくちょっとした息でも音が出るように、工夫しようとちょっとずつマウスピースを吹いていました。
3月のカルメンは近づいていました。4月の木星も。調子の波はさらに大きくなっていました。
マウスピースで始めたことは一瞬は音がでるものの、ロングトーンは出来ませんでした。ラッパで吹くとB♭(実音、第3線)さえパッと音が出なく吹奏楽の合奏ではチューニングさえ、まともに出来ない状態でした。
3月のカルメンの本番当日のステリハは、なんとかいい出来でした。心配はありませんでした。
しかし、本番1部が始まって間もなくどんどん調子が悪くなり、曲順が進んで1部終了時にはまったく吹けない状態になりました。吹けば吹くほど無理をしているため、唇の振動は失われ、さらに力を使い、さらに無理をして、もっと振動しなくなるという悪循環です。この「吹けない状態」というのはラッパ以外の人の為に解説しますと、「ちょっと調子が悪い」という生易しいものではありません。「まったく唇が振動しない」つまり「無音」の状態です。「プス」とも言わない状態です。
2部がはじまりました。カルメンのみの部です。最悪の状態でもなんとか切り抜けるつもりでしたが、事態は凄惨な状態となりました。ソロをはじめて、少しはなんとか吹いたものの、もう全然音が出なくなりました。途中からかまえているだけの状態です。もう最後はかまえるのもやめました。2部が終わるまでステージから去ることもできないのです。ソロがないために影響が合奏全体に伝わっているのがわかります。しかし、もはや何も出来ません。その後3部もステージには行きました。運営にもかかわっているので、受付撤収や打上にも行きました。本当はショックですぐに家に帰りたい状態でしたが。。その後のオケの木星やその他の6月にあった本番も似たようなものです。無音にこそならなかったけど、ひどいものです。
私はプロの演奏家ではありません。アマチュアで趣味で週末練習して年1回くらいの演奏会に出るという楽しみ方です。その楽しみが、何故かとんでもない心のキズを負うとともに、すごい苦しみに変わってしまったのです。そんなヒドイことってあるでしょうか。
もう29年やったラッパはやめようかと思っていたころ、楽器屋の友達から忘年会で隣に座っていた先生のレッスンを勧められました。私が12月から「忘れられない」と言っていたからだと思います。そして6月に長倉先生のレッスンを受けたのです。
6月にレッスンを受けてしばらくは、吹奏楽で言うチューニングのB♭より上は吹けませんでした。いえ、前の筋肉による吹き方なら吹けました。でも、もう前の吹き方はいっさいやりませんでした。 10月のオケの定演はシベ2だったのですが、6月から2カ月くらいは合奏中も高い音はすべてオクターブ下で吹いていました。なにせHighAがたくさん出てくる曲です。前の筋肉の吹き方なら、HighAなどなんなく吹けましたが、そんな筋肉の吹き方などは絶対やりませんでした。
合奏中にオクターブ落として吹いても、意外と大きな問題は起こりませんでした。むしろひどい音で楽譜どおりのハイトーンを吹くことの方が問題なのでしょう。
レッスンの効果は急激に出始めました。いろんなことが出来るようになりました。特に音色はとてもよくなりました。長倉先生も「結局、トランペットは音色ですよ。」と言います。高い音でも大きな音でもありませんでした。
音はすぐにスタートするようになりました。むしろ前よりもかなり俊敏に。ラッパで、「音の出だし」は重要です。「音の出だし」はラッパらしい音かどうかを決める、かなりの部分を占めていると思います。
吹くのは考えられないくらい楽になりました。今まで出来なかったことは、簡単になりました。
例として、ただの音階をスラーで早く上がったり降りたりするようなことを、奇麗に出来るようになりました。いや、むしろ前は、そんなことすら出来なかったのです。汚くは出来ましたが…
10月のシベ2は、ほぼ思いどおりに吹けました。今まででは考えられない程よい音色で。長く吹くことも簡単でした。今までの耐久力という考えはなくなりました。わかってみると筋肉的耐久力は関係ありませんでした。
調子の波はまったくなくなりました。調子の悪いことはないのです。筋肉を使った無理な吹き方をすると、調子が崩れます。「体のむくみ」なんて、調子とは無縁のものでした。
ブレスは、前の状態から考えると何もしていないに等しいくらに楽になりました。日常の呼吸程度でほぼ吹けると感じます。長いフレーズの時は大きく吸うといった具合です。
口の回りの筋肉のことを考えることもなくなりました。力はそこからも抜けました。そして音からも。ラッパを口に当てる角度はたいして問題にはならなくなりました。アパチュアが小さいため影響がないのです。確率的に起こるミストーンはなくなりました。本当に間違った時しか、間違わなくなりました。同時にピッチもよくなりました。力が抜けるとラッパ自体のピッチが出てくるように思います。チューニング管の1ミリの抜き差しも分かるようになりました。
「ただ何回も通して暗譜するほどの練習」は、あまり意味がなくなりました。現在の理想の状態では吹けない所、つまり、前の筋肉の吹き方で吹いてしまっているところだけ練習すれば、その曲全体が楽になりました。長倉先生曰く、「力ではなく技」だそうです。
しかも、これらのことは無理をして、苛酷な練習をして出来たものではないのです。考えを変え、今までの筋肉での吹き方をやめたのです。リセットしたのです。きっと本来ラッパとはそういう楽な楽器なのです。 ラッパを吹くことは楽しくてたまらなくなりました。ついに「ラッパ吹けない病」は回復したのです。
楽になってみると、いい音でアンサンブルすることが気持ちよくなりました。今までのCDを聞いたまま演奏する独りよがりな吹き方は間違いであることに気が付きました。
最小限の力の使い方が分かると、テコの原理で、小さな力でピアノからフォルテまでの音量や、音の出だし、デクレッシェンドなどなど、いろんなことが簡単に奇麗にできることが、わかりました。音楽表現も簡単になりました。クラシックでもジャズでも。もっとも、それは音楽表現をするためのスタートラインについただけでした。
長倉先生のレッスンから1年、自分の物として定着するように練習しました。いえ、考え方を変えて、合奏前の30分のウォーミングアップを変えただけです。
他の人から「毎日吹いているからそういうことが出来る。」と言われますが、当時は毎日吹いた覚えはありません。血のにじむような反復練習をしたわけではありません。「力ではなく技」に「考え方をまったく変える」ことと「それを行う」ことをやっただけでした。ちょうど「口笛を吹く」コツをつかむような、「指をならす」コツをつかむような、そんなことに似ています。
そしてそれは教えられたウォーミングアップの楽譜だけやっていたわけではないのです。それらの考えをラッパを吹くときの全てに応用して行きました。「力ではなく技」に、「考え方を変えて」行きました。リセットです。
長倉先生からは、「宗教でもなんでもありません。事実ですからみんなに広めてください。」と言われていました。レッスンから1年後、回りのみんなにも広めてみました。もちろん、そのためには自分が出来ないと話にならなかったのです。
その後はラッパを吹くことが楽しくてしょうがないため、毎日吹いても問題なくなりました。もちろん、まだ出来ないことはたくさんあります。キッカケをつかんだだけ、と思っています。そうです、その時私は30年間ラッパを吹いていることになったのですが、本当の吹き方でラッパを吹き始めたのは、その1年からだったのです。
ここまで読んだ方。自分の吹き方の中に前の私のような筋肉で吹く考え方が、少しでも入っていませんか?筋肉で吹くことを毎回毎回、繰り返し練習して、その悪い癖を自分の体に覚え込ませていませんか?それを継続すると、最終到達地点は私のような悲惨な結果が待っているだけです。
力に頼っていると、年齢とともに体力が落ちた一瞬を狙って「ラッパ吹けない病」は突如発病します。今こそ自分の吹き方を、見つめ直して下さい。楽しいラッパのために。